どんなことも原因自分論で片付けるのは正論に見えて実は暴力行為である

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こんにちは。こんばんは。おはようございます。

リキトです。

 

リキト
リキト

本記事では、自分原因は何にでも当てはまるわけではないということについて解説します。

 

何か問題があったときは「原因自分論で考えよう」と言われることがあります。

原因は自分にあると捉える考え方のことを原因自分論と言いますが、果たしてこの原因自分論がどんな時も当てはまるのかについて本記事では読み解いていきましょう。

 

原因自分論の意味とは?

まず、原因自分論の意味を解説する前に原因自分論について詳しい動画があるので、こちらもチェックすると理解度が増すことでしょう。

原因自分論とは、↑の動画によると、

問題が起こったときに、自分が行動したことによって起こった原因のみを自分の原因であると認識する

思考のことです。

 

原因自分論とは、思考法の一つです。

問題が起こったときに、まずはその問題を分析し、自分に原因があるところを探します。

そして、自分に原因があるところを省みて、変えられるところを変えていく考え方のことなのです。

 

よく勘違いされますが、「起こった問題の全ての責任は自分にある」と捉えるものではありません。

例えば、降水確率が90%だと報道されていたのに晴れていたから雨は降らないだろうと思って傘を持参せずに出かけたら、本当に降ってお気に入りの服がビショビショになって着れなくなったという問題が起こったとします。

この問題を分析すると、傘を持参していれば服が濡れずに済んだので自分の原因ですが、雨が降ったのはその人の原因ではありません。

当然ですが、その人に雨を降らせる力なんてないのですから。

 

原因自分論の意味を分かってない人がやりがちなこと

原因自分論の意味を分かっていない人がやりがちなことが、自分が起こす可能性が0%ないことまで全部自分のせいだと捉えてしまうことです。

 

例えば、雨が振ってしまったのは、全部自分のせいという人を見かけたことがあるのですが、見事に原因自分論の意味を履き違えています。

 

天候というのは、人間の力でコントロールできるようなものではありません。

もしコントロールしたのなら、この世界にカイオーガという世界を崩壊させるレベルの雨を降らせる伝説のポケモンを目覚めさせたことになります。

カイオーガ
カイオーガ

人には天気を変える超能力は持ってない上に、ポケモンは架空の存在なのでそんなこと不可能です。

もし、雨が降ったには自分のせいだと思うのなら、この現実世界にカイオーガでもめざめさせたのでしょうか?

 

原因自分論は適材適所に当てはめるべき

原因自分論は決して、この世で起こる全てのこと、すなわち、森羅万象の原因を自分に当てはめろということではなく、適材適所に自分に当てはめるということです。

自分が引き起こす可能性のないことまで自分の責任であると思うのは、原因自分論の意味を理解しているとは言えません。

 

神様でもないのですから、そこまで自分を追い込む必要はないのです。

 

原因自分論は場合によっては、人を傷つけることもある

ここからが本題です。

原因自分論は場合によっては、相手を傷つけることがあります。

 

その一例として、「セカンドレイプ」というものがあります。

セカンドレイプとは、「性的な被害を受けた方が、さらに被害を受けること」です。

僕のInstagramでもまとめてありますので、参考までに。

 

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↑の投稿にあるように、誰かから性被害を相談されたときに、その人に原因があるように言及することはセカンドレイプになります。

 

性被害を受けた方というのは性暴力を受けているのであり、性暴力のほとんどは高確率で何らかの犯罪と見なされます。

そのことについては、おとも六法という本を読んでまとめた記事に記載してあるので、参考までに。

「おとめ六法」レビュー〜最低限の法律の知識を身に着けるために〜サムネイル

「おとめ六法」レビュー〜最低限の法律の知識を身に着けるために〜

2020年7月26日

 

性暴力というのは、殺人や窃盗と同じように人にしてはいけない行為です。

法律では、犯罪になるような出来事をが起これば加害者側に責任を取ってもらうということで、加害者に慰謝料が請求されたり、懲役を課されたりします。

 

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犯罪と見なされれば、責任・原因は犯罪をした側にあるのです。

そもそもこの国日本には、「基本的人権の尊重(国民が不当な扱いや傷つけられることなく、最低限度生活できる権利)」があり、その人の人権を侵害される問題が起こったときに

  • なぜ、その問題が起こったかを知る
  • 相手の過去・背景を理解する

こともせずに、反射的に「あなたにも原因がある」と言ってしまうのは、基本的人権の尊重に反しています。

 

「やられるような原因を作る人が悪い」なんて言葉も聞くのですが、果たして本当にそうでしょうか?

痴漢の話で言えば、被害を受けた人が加害者と赤の他人だったとして、被害者は加害者に自分が痴漢されるよう原因を作っていません。

その時点で加害者の人権を侵害していないし、痴漢をした時点で加害者は被害者の人権を侵害したことになるのです。

 

だから、場合によっては被害を受けた人に原因があるような主張は本来あってはなりません。

 

世の中には相手を傷つける自分原因論のセリフが沢山ある

世の中には、自分原因論が当てはまらない相手に責任があるかのような言葉が沢山あります。

性教育的な観点で考えると以下の僕のInstagramでまとめた通りの言葉は、絶対に性被害を受けた人に言ってはいけない言葉です。

 

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また、特にいじめに話についても相談した人が、よくやられるほうにも原因があると言われていますが、そもそも学校でいじめはあってはなりません。

なぜなら、文部科学省が掲示している「いじめ防止対策推進法」にそう記載されているからです。

 

いじめ防止対策推進法の第4条には、

児童等は、いじめを行ってはならない

と記載されています。

 

いじめは

  • 被害者の外見が気に食わない(A)
  • 被害者が迷惑をかけたから(B)

などの理由で起こることがほとんどです。

 

Aについては、加害者一方的に被害者の人権を侵害しているので、当然被害者に責任・原因なんてありません。

Bについては、被害者が迷惑をかけたのは、加害者にとっては基本的人権の尊重を侵害されたことになりますので、そう思ったのなら暴力という行為で阻止するのではなく、間に先生や親などの仲介人を挟んで話し合えばいいのです。

しかし、そこで被害者をいじめてしまえば、加害者側は

  • 基本的人権の尊重
  • いじめ防止対策推進法

を侵害するということになってしまいます。

 

最悪の場合、いじめはいじめられた側が自殺などで死んでしまう大問題です。

もしいじめによって人が死んでしまえば、基本的人権の尊重・いじめ防止対策推進法だけじゃなく、殺人をしたことになり、加害者は当然罪が重くなります。

 

無闇に自分原因論を振りかざすのは正しい行為とは言えない

以上のことから、何でもかんても無闇矢鱈に自分原因論を振りかざすのはその人のためを思って言う助言、かけてあげる言葉とは到底思えません。

思考力の低さにも程があります。

 

場合によっては、至極真っ当で正しい行為に見えて実は相手を傷つける行為にもなるのです。

そういう正しい行為に見えて人を傷つける行為で、泣き寝入りしたり、健康な生活を送れなくなってしまった人が沢山います。

 

簡単な話、先天性的な病気や障害がない男性が「彼女ができない」と言っている人がいたして、

  • その人が人脈を作ろうとしない
  • 人とあっても人を不快にするようなことばかり言っている

など、あからさまにその人が変えられるようなところも変える意思が見られないのであれば、自分原因論は有効でしょう。

 

しかし、非がないのに他人から非があるように言われてもがき苦しんでいる生きている人のことを考えると、僕は人に無闇に自分原因論を振りかざすことなんて絶対できません。

そういった問題は、降水確率が90%だと報道されていたのに晴れていたから雨は降らないだろうと思って傘を持参せずにでかけたら、本当に降ってお気に入りの服がビショビショになって着れなくなったという問題とでは、度合いが天と地ほど違います。

 

自分原因論の話を出すなら、相手のことをちゃんと知ってから事実を知った上で言うべきか言わないべきかを判断するのが先ではないのでしょうか?

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