殆どの人が勘違いしている他力本願の本来の意味

道端に座る僧侶/Rikipedia

こんにちは。こんばんは。おはようございます。

パーソナリティクリエイターのRIKITOです。

 

今日は他力本願という考えについて書いていきます。

 

他力本願という言葉は、ネガティブなワードとして親しまれています。

しかし、本来はこういう意味ではありません。

他力本願の意味をちゃんと理解している人はどれくらいいるんでしょうか?

実は殆どの人が間違った使い方をしています。

 

他力本願の本来の意味は『合法な方法で自分の目的を果たすこと』

他力本願と聞くと、他人任せにするとかそういう意味で使っている人が沢山います。

実はこれ間違いです

ほとんどの人が意味を間違えて使う言葉のベスト3にランクインするぐらいです

 

「他力」という文字が『他人の力』という解釈をされて世の中で使われ始めたことが原因です。

そのため、世の中ではネガティブワードとして親しまれ、今に至ります。

 

元々は仏教用語なんです。

浄土教・阿弥陀信仰の基本的な教訓になっています。

かの有名な親鸞聖人がこの他力本願という考え方を確立させました。

 

めっちゃ分かりづらいので、もう少し解説すると、

  • 他力』とは、「阿弥陀如来の本願力」のこと
  •  本願力』とは「本願の力」のこと
  • 本願』とは「本当の願いとか願望」のこと

ということです。

 

とにかく解説するのが難しいので、さらに掘り下げていきます。

 

他力本願は世の中を良くするために生まれた言葉

仏様(阿弥陀如来)は全ての人を本当に幸せにしたいという思いを持っています。

それが、『阿弥陀如来の本願力』です。

 

親鸞聖人はその『阿弥陀如来の本願力』を

無明長夜の闇(むみょうちょうやのやみ)を破(は)し衆生の志願(しゅじょうのしがん)を満てたまう
※無明長夜→根本的な理解力がないため、何が正しいのか・何をしたらいいのかが分かりづらいこと

と解説しています。

これは破闇満願(はあんまんがん)という考え方になります。

 

この難しい言葉を分かりやすく解読すると、

自分のやるべきことや目標を達成するにあたって、行動していると、判断に困る局面が沢山出てくる。

そこで、自分がどういう行動を起こしていけば良いのかが分からなくなくなることもある。

そういう悩みのタネを解決し、本当の願いを叶えるために手を差し伸べること。

ということになります。

 

つまり、『阿弥陀如来の本願力(阿弥陀如来がその人に対して本当に望んでいる願い)』とは、悩みの根源を解消して、その人の願いを叶えることです

 

もっとわかりやすく言うと、強盗とか殺人などの自己流の方法で幸福が得られると思って悩みのタネを摘み取ろうとする人を、本来あるべき人を幸せにできる方法でその人の願いを叶えてあげようという考えなんです。

 

つまり、どういうことかというと、他力本願という考え方がなくなったら、世界は崩壊します

 

もともと世の中は他力本願の本来の意味通りに成り立っている

これまで話したことを考慮すると、世の中は他力本願であると言うことができます。

 

この世に生まれた時、親がいます。

自分たちがまだ生まれて1年とか2年の頃をぼんやりと思い出してください。

 

良かれと思って、にこやかに床に牛乳をこぼしまくった時、両親はどうしましたか?

まともな親であれば、怒ったはずです。

 

これを他力本願の考えに当てはめてみると、

あなたは自分の幸福に繋がると思い、「床に牛乳をこぼす」という行動をする

しかし、本来は「床に牛乳をこぼす」ことは迷惑行為(床に牛乳こぼれたら、掃除しなきゃいけない)

だから、親(阿弥陀如来)は人に迷惑をかけない方法で自分を幸せにさせるために(阿弥陀如来の本願力)叱る

「床に牛乳をこぼす」という自己流の幸せではなく、両親(阿弥陀如来)が他の自分が幸せな気分になれる本来あるべき方法を教える

ということです。

 

他には万引きが分かりやすいと思います。

あなたは自分の幸福に繋がると思い、「お店のものを盗む」という行動をする

しかし、本来は「お店のものを盗む」ことは迷惑行為(お店のものはお金を払って買わないといけない)

だから、親(阿弥陀如来)は人に迷惑をかけない方法で自分を幸せにさせるために(阿弥陀如来の本願力)叱る

「お店の物を盗む」という自己流の幸せではなく、両親(阿弥陀如来)が「お店のものはお金を払って手に入れる」という本来あるべき自分のいい方向に導く方法を教える

ということです。

 

こういうことがある時点で、世の中は他力本願ということが簡単に分かると思います。

 

他力本願の本来の意味を理解すれば少しは楽に生きられる

他力本願という言葉は社会人でも間違って使っている人が大多数です。

  • 「お前はなんでいつも他力本願なんだ!」
  • 「あいつは他力本願だからちょっと分からせてやる必要がある」

 

あなたも僕も他力本願なんです。

だから、他力本願はもっと受け入れるべき考え方です。

 

仕事なんて他力本願じゃなきゃ成り立ちません。

例えば、

あなたは上司から本来あるべき仕事の方法を教えてもらったとします。

あなたはよりより結果が出せると思い、上司の命令に従わず「自分の判断」で行動をする

しかし、「自分の判断」で行動すると全然うまくいかないが、結果を出そうとそれを続けようとする

上司は、そのやり方をやめて、教えたとおりにやるように説得する

「自分のやり方で実践する(成果が全然出ない)」という自己流のやり方ではなく、上司(阿弥陀如来)が「上司が教えたやり方で実践する(成果がちゃんと出る)」本来あるべき方法で結果を出す方法を教える

のが、ほとんどの会社でよく見られる光景だからです。

 

だから、世の中は他力本願なんです。

他力本願じゃないと何もかもなりたちません。

 

つまり、他力本願とは、習い事のお手本に似ています。

お手本があるからこそ、何でもうまくいくようになります。

 

これからは他力本願の考え方を大切にしましょう。

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